点のデザインと線のデザイン

2016-04-28   design  society 

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今はなくなった近所の美容室の建物が改装されたときに、建物と歩道の間のちょっとしたスペースに玉砂利が敷き詰められたことがあった。改装直後はまあまあ綺麗だったのだが、数ヶ月もしないうちに玉砂利がどっかに飛ばされたのかずれたのかは知らないが、その下に敷かれたゴムシートみたいなのが露出するようになった。改装されたとはいえ、元がエアコンの室外機やらなんやらでみすぼらしい外見の建物だったので、露出したゴムシートがそのみすぼらしさを更に際立てるという非常に残念な結果になっていた。

話は飛ぶが、うちにある安物の空気清浄機。空気清浄機は定期的にフィルタに付いたホコリを掃除する必要があるが、そのフィルタにアクセスする方法がひどすぎる。本体前面にあるカバーを外すとフィルタが露出する構造なのだが、そのカバーの爪がとにかく硬い。硬い上に爪周りの構造がありえなくらい貧弱なので、その部分が当たり前のように壊れる。しかも壊れたせいでファンの振動によるカバーのがたつきが発生するようになり、先日ついに我慢の限界に達して買い換えた。

一見、関連のないように見えるこの 2つの話、実は失敗の原因がまったく同じところにある。それは、完成した時点での状態しか考慮されていないこと。つまり、実際に使用されて数ヶ月後、数年後をまったく考えずにデザインされているということだ。

長期にわたって使用されるもののデザインに最も重要なのは、メンテナンス性である。前述の 2例に共通しているのは、このメンテナンス性がまったく考慮されていないデザインだ。長期使用されるものデザインは、完成した時点のみを考慮した「点のデザイン」ではなく、予想される製品寿命という期間を考慮した「線のデザイン」でなくてはならない。それができていないから、たった数ヶ月でみすぼらしくなったり、まともにメンテナンスもきないような構造になったりする。これは致命的欠陥である

こういった欠陥品はいたるところにある、たとえば住宅なんてのはまさにその典型だ。なぜこのような欠陥品が溢れるかというと、「作り手も買い手も、そのことをまったく理解できていないから」だ。実際、安物空気清浄機を買ったおれも、その時点ではまったく理解できていなかった。

こういう話をすると、「そんなことまで考えていたらコストがどうたらこうたら」みたいなありがたい話を垂れ流す迷惑なやつもいるが、連中の言うコストとは、大抵の場合、無能なおっさん連中の高い給料の話でしかない。なぜそんなものの後始末をわれわれユーザーに押し付けてくるのか。もちろん、安物を考えなしに買うおれのような消費者も悪い。まともなものを、まともな価格で買わないから、世の中にゴミが溢れかえる。

少しでも多くの人が、このことをもっと意識するようになってくれることを切に願う。もちろん、おれはもう二度と同じ轍は踏まないつもりだ。