今を生きろ

2016-12-14   #life 

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何年か前に少しだけ交流があった人が言っていたことを、ふと思い出すときがある。「10年後に不要になるから無駄だ」、要約するとそんなことを言っていた。

話の流れが見えないと思うが、要するに「その方法はベストではない」と言いたかったのだろう。なぜなら「ベストな方法ではないからやならい」を、常に積み重ねて、結局なにひとつとして行動を起こさない人だったからだ。

「10年後に不要になるから無駄だ」

であるのなら、あの人はそれまでの 10年間は一体どうするつもりだったのだろうか。たとえ 10年後に無駄になるとしても、10年間もの長期間にわたって機能してくれるのであれば十分であろう。

その話はたかだか数万円程度の話であった。ピラミッドを造ろうとしていたわけではない。それをベストな方法ではないという理由で切り捨てて、その 10年間をドブに捨てるというのだろうか。

客観的に見ると明らかにおかしな主張であるが、これと似たような理屈をたまに見かける。

こういった主張をする人は大概、ベストな方法に固執しすぎて、結局なにもしない (できない)。実際のところ、その人も一切の結果を出すことなく去っていった。

当の本人は、未来に生きているつもりなのだろうが、その代償として今を生きていない。だからなにも行動しなかった (できなかった) のだ。

ベストな方法が見つけられなければ、すぐさまベターな方法に切り替えて行動するべきだ。たとえベストでなくとも、それがベターであるのなら十分である。最悪なのはなにもしないことだ

そもそも、どれだけ未来が見えていたとしても、今を生きられない人に結果を出すことはできない。おれはこれを PS3 で学んだ。PS3 は未来を見据えて創られたハードであったが、現在 (いま) が見えていなかった。だから出来上がったものはカタログスペックの塊のような、まったく使い物にならない欠陥ハードでしかなかった。PS3 はまさに「今を生きられなかったことによる失敗」の究極形態である

未来のベストな方法に固執して今を捨てはいけない。おれはたとえ現状ではベストな方法が取れないとしても、ベターな方法で今を全力で生きたい。

PS3 のために失った金返せ。