複雑さは無理解に、無理解は無責任につながる

2018-10-24   management  society 

以前、某携帯ショップ店員の話を書いた気がする。内容を要約すると、

ある携帯ショップ店員の話、「 料金プランの説明不備で、客に怒られることが多々ある。だがそのうち怒られても何も感じなくなった」そうだ。なぜなら、「料金プランが複雑過ぎて、社員のだれひとりとして詳細な仕様を知らないから」

といった内容だ。「だれも知らないんだから、説明不備があって当然」という結論に至ったのだろう。まさに「複雑さが無責任を生み出した」瞬間である。

まあ当然の結果だ。人は「複雑なものは理解できない」し、「理解できないものに責任を持とうという者はいない」からだ

逆に言うと、「マネージメントの途中で無責任を見つけたら、複雑さを疑ってみるとよい」だろう。「複雑さはバグ」だし、そもそも存在してはいけないものだ。


最近これに近い光景を職場で見つけて、この話を思いついた。ちなみにうちの職場も例に漏れず「複雑さが原因」になっていた。